支部の紹介


年数だけは先生の半分 クロパグ
私は、平成12年12月で入門から18年が経過した。師匠である大野木先生は 入門から36年経過しているから、ちょうど先生の半分ということになる。 タイトルはここからとったものである。さて、この度、HPに掲載する原 稿の依頼を受けたので、入門から現在にいたる経緯を簡単に書いていくこ ととした。
私は昭和57年12月、小学校4年生のときに埼玉鶴瀬支部(少年部)に入門し た。というより、親が入れたというべきいだろう。当時の支部は現在近隣 で支部長をされているOさんや現在四国に住んでおられるIさん(Iさん の息子は私の小学校の同級生であった。)といった怖い先輩方がいらして、 少年部といってもちょっとよそ見をすればすぐ叩かるており、練習自体は 非常に緊張感があった。私も半分泣きながら練習したことがある。
そして中学生・高校生になった私であったが、練習においてもだらけてい ることが多く、よく怒られていた(今考えてみれば当然のことであるが)。 言い訳するならば、気持ちは別の方向を向いていたし、まさかここまで続 けるとも思っていなかったというところである。ところで、2段になってい た私は、受験のため約半年ほど休院させて頂いていたが、受験が終わった もののなかなか復帰できないというか復帰せずにいた(別にサボろうと思 っていた訳ではなく、余りに長く休んでいたので道場に行きずらくなって いたのである)。こんな私に声を掛けてくれたのが、私とほぼ同時期に入 門した小学校からの親友Y君であった。こうしてどうにか復帰することが できた私は、順調に(?)昇段する傍ら支部の幹部として色々お手伝いを させて頂き、人間として成長することができた。入門から現在までを簡単 に書くとこのようになるが、振り返ってみると、続けることの難しさを改 めて感じている。「継続は力なり」とはよくいったものである。さて、今 でこそ道場長という役職を拝命している私であるが、ここまでになれたの は先生をはじめ支部の皆さんのおかげであることはいうまでもない。感謝 している。特に、復帰できず(せず)にいた私に声を掛けてくれたY君に は本当に感謝している。冒頭に、年数だけは先生の半分と書いたが、拳士 としては先生の半分にも遠く及ばない。果たしていつまで続けられるかわ からないが、せめて先生の半分位(これでも高望みか?)になれるように 今後も精進していきたい。
以上

「厳しいだけでもダメ」「優しいだけでもダメ」 TPOや置かれた立場に応じて,自分の考えを明らかにして, 相手の考えを謙虚に聞く.
その為には,心身ともに己を鍛えること. 怒るのも人のやること.褒めるのも人のやること. 泣くのも人のやること.笑うのも,食べるのも,寝るのも, コンピューターを操作するのも,みんな人のやること. 人間同志の関わり合いの基本になるのは,「自己確立」. 少林寺拳法では,拳技や教えを通じて,その人の年齢・ 性別・立場・体力等に応じた「自己確立」を実現し, 互いにが相手を尊重し合える社会を作る事を目標と しています.
拳士会長・網野芳郎


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