昭和49年 12月 9日 鶴瀬支部道場設立。当初は藤久保の集会所を道場として使用。 昭和52年 11月 30周年全国大会(鈴木、山崎拳士出場) 昭和53年 9月 埼玉県大会(鈴木、山崎拳士最優秀賞受賞) 昭和55年 全国大会(鈴木、山崎拳士出場) 深谷大会(竹内、久保木拳士最優秀賞受賞) 昭和56年 埼玉スポーツセンターを道場として使用。 深谷大会(大澤、林拳士最優秀賞受賞) 4月 1日 鶴瀬道場・澤村一拳士、本部職員として入山。 11月23日 全国大会(立川、鈴木拳士/榊原、星野拳士/忠平、高崎拳士出場) 昭和57年 1月23日 第一回鏡開き式 昭和58年 志木勤労者体育センターを道場として使用。 8月 本部帰山 昭和59年 11月 全国大会(立川、小林拳士/谷口、広川拳士他出場) 昭和60年 4月 1日 父母会結成(小川勝行会長) 昭和61年 10月26日 志木支部道場を設立。 10月 埼玉上福岡支部設立(大澤良一支部長) 11月15日 全国大会(榊原、谷口拳士/佐藤、東拳士/大野木、押田拳士出場) (榊原、谷口拳士優良賞受賞) 昭和62年 8月8日〜 夏合宿(第一回) 昭和63年 7月 3日 埼玉県大会(榊原、谷口拳士最優秀賞受賞) 8月19日 本部帰山(第2回) 全国大会(榊原、谷口拳士/加治拳士親子/一般団体出場) 平成2年 11月23日 全国大会(榊原、谷口拳士/神、塚本拳士出場) 11月23日 富士見市スポーツフェスティバル参加。 平成3年 8月31日 みずほ台祭りへ参加。 11月23日 全国大会(榊原、谷口拳士/神、塚本拳士出場) 平成4年 大野木支部長、埼玉県の体育功労賞を受賞。 11月29日 全国大会(山崎、立川拳士/榊原、谷口拳士/高橋、木内拳士/ 今泉拳士親子出場) 平成5年 9月23日 全国大会、国際大会(榊原、谷口拳士) 10月17日 埼玉藤久保支部設立(立川文雄支部長) 平成6年 6月19日 安川電機埼玉支部設立(中台保広支部長) 10月 9日 全国大会(榊原、谷口拳士/高野、中台拳士/塚本、照井拳士/ 押田、平井拳士/今泉、石川拳士/小暮、塩原拳士/ 嶋村、石井拳士/清水、高木拳士) 10月30日 埼玉大井支部設立(木内常之支部長) 12月23日 鶴瀬支部設立20周年記念式典。 平成7年 8月 本部帰山。(第3回) 大野木支部長、日本武道代表団の一員としてアメリカ ニューメキシコ州アルバカーキへ派遣される 11月 全国大会in福岡ドーム(平井、飯野拳士/太田拳士) 平成8年 鶴瀬支部、日本武道協議会より優良武道団体賞を受賞。 平成9年 9月13日 50周年記念国際大会in日本武道館 (大野木支部長、本部指導員として技術解説with谷口拳士 飯野、佐藤拳士出場) 平成10年 11月 全国大会in神戸(飯野、塚本拳士出場) 平成11年 4月 1日 志木支部・飯野拳士、本部職員として入山。 10月25日 全国大会in新潟(塚本、佐藤拳士/高橋、羽石拳士出場) 平成12年 8月 本部帰山。(第4回) 11月 5日 全国大会in日本武道館(榊原、谷口拳士/塚本、佐藤拳士/ 嶋村、長谷川拳士/高橋、羽石拳士/福永、須永拳士/ 金子、菅原拳士/上條、上條拳士/綾木、綾木拳士/一般団体) 平成13年 1月14日 大野木支部長、八段に昇格。
| 設立当初から埼玉鶴瀬支部を支えてきた古参拳士:山崎 正晴 |
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私が少林寺拳法に出会ったのは、昭和45年、東京に上京し大学に入学してからである。
クラブ紹介で初めて見た迫力ある演武と同郷の先輩が同じクラブにいると言う単純
な理由で入部したのがきっかけである。少林寺を始めて今年で30年、これほど長く
続けられたのは、入部と同時に出会った大野木監督(現先生)の影響が多分にあっ
た事は言うまでもない。
今でこそ少しは肉付きのよくなった私であるが、学生当時は骨と皮ばかり、そんな私を
可愛がって(技の相手として突いたり蹴ったり投げ飛ばしたり)くれたのが縁である。
大学卒業と同時に職業学校に入学、半年間の缶詰生活の中で唯一の楽しみと言えば、月
一度通っていた武専で監督や学生時代に一緒に練習をやっていた拳士に合い練習をしたり、
飲むことであった。昭和49年9月、職業学校を卒業した頃、監督から「支部を出すからお前も来ないか。」 との誘いに一も二もなく入門をさせて頂いた。入門当初拳士は大人、子供合わせて 8人、皆初心者ばかり、主座をやらせていただく機会の多かった私は学生クラブ出身 者とあって当初は面食らうことばかりであった。大人は私より年長者とは言え話せ ば解ってくれるが、子供はこちらの言うとおりにはならない。基本の突き蹴りをや っている間にも隣の者を突っ突いたりよそ見をしたり、注意ばかりをしている事が あった。それでも時が経ち後輩が入門して来るようになると、子供なりに少しは先 輩としての自覚が出るのか落ち着いて練習するようになった。道場は東武東上線鶴 瀬駅から徒歩で約25分程の所にあるプレハブ、地区の集会所で前は駐車場兼子供の 広場、裏は雑木林と言った中にあり、冬は割れた窓ガラスの隙間から砂埃や木枯ら しの吹き込んでくる中、鼻頭や足の裏を真っ赤にしながら練習し、夏は雑木林から 入ってくる薮蚊に刺されながら練習に励んでいた頃がなつかしく思い出される。練 習が終わると次は第二道場「やきとり宮城」で一杯飲みながら練習談義に花を咲か せていた。高校生が増えてきた事から酒をケーキとジュースに代え夜遅くまで語り 合っていたことも長く続いた。いくぶんか支部らしくなった頃、先生から「鏡開き をやろう」との発案があり、カップ汁粉にお湯を注いで始めての鏡開き。 「せっかくの鏡開き、カップ汁粉では味気ない、実際に餅を突きましょう」との地 元拳士からの呼び掛けに次の年からは本格的な餅つきをし盛大に鏡開きをし現在ま で続いている。又、この頃から拳士の親睦を深めようと家族も参加してのハイキン グが始まった。飯能河原でのハイキング、森林公園でのサイクリング等、又夜行列 車で行った本部帰山等々、思い出は尽きない。これからも多くの思いで作りの為少 林寺の修行に励んで生きたい。 |
| 少林寺拳法への思い 森 之彌 |
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少林寺拳法はとにかく奥が深い。私はこの少林寺拳法に21年以上も関わってきた。
しかし、まだまだ未熟で修行も足りていない。
これからも少林寺拳法の探求を続けていかなければならないし、
ますますのめり込んでいくことになるだろう。
思いおこせば、少林寺拳法に入門した際の私の直接の動機は、 ただ身体を鍛えたいということにあった。 だから逆にいえば、空手や合気道などの他の格闘技でも良かったし、 テニスや卓球のような球技でも良かったわけである。 しかし、この少林寺拳法を選んだのは、この拳法には何か奥深いもの、 もっといえば何か神秘的なものを感じたからである。 修行を積み年数を重ねていくにしたがって、少林寺拳法の技の緻密な美しさと 「自己確立」や「自他供楽」という金剛禅の教えの素晴らしさを日々痛感するようになった。 また、立場的にも少林寺拳法を単に習得するという受け身の態勢から、 他人に教授するという方向へとかわってきている。 しかし、ここからが本当の意味で、「宗門の行」としての少林寺拳法修行の 新たなスタートかもしれないと思い、より一層の精進に励んでいる。 かつて少林寺拳法創始50周年の際に、「無限の愛と力 〜今、共に生きる歓び〜」 というテーマが掲げられた。無限の愛と力は、世代(とき)を超え、 国境(くに)を超え、全ての人との共生をもたらすという意味である。 以下は、私の周りの小さな活動であるが、"地域における共生"に向けて着実に歩んでいる姿を紹介したい。 現在、私が所属している埼玉鶴瀬支部・志木支部は、埼玉県富士見市と志木市の ふたつの市を基盤としており、大野木支部長のもとで少林寺拳法の活動を行っている。 富士見市での地域活動は、昭和60年に富士見市少林寺拳法協会を設立した時から より一層強まり、富士見市体育協会に加盟が認められるとともに、 なにかあるたびごとに少林寺拳法の普及活動に努力してきた。 毎年秋の市民増進スポーツ大会への参加(少林寺拳法の部で大会を開催)、 体育協会主催のスポーツフェスティバルや夏の「みずほ台祭り」への参加 (父母会や拳士会による模擬店出店)など、小さな活動ではあるが、 いずれも皆が自発的に労力を惜しまず参加している。 地域においては、こうした行動のひとつひとつが、 少林寺拳法への理解を深めてもらえる良いチャンスでもあり、 また少林寺拳法が地域における共生に向けて着実に浸透してきていると思われる。 少林寺拳法に出会い、そして拳法により、私の生き方は変わったと思う。 これからもこの拳法とともに、人生を歩んでいきたい。 |
| 年数だけは先生の半分 クロパグ |
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私は、平成12年12月で入門から18年が経過した。師匠である大野木先生は
入門から36年経過しているから、ちょうど先生の半分ということになる。
タイトルはここからとったものである。さて、この度、HPに掲載する原
稿の依頼を受けたので、入門から現在にいたる経緯を簡単に書いていくこ
ととした。私は昭和57年12月、小学校4年生のときに埼玉鶴瀬支部(少年部)に入門し た。というより、親が入れたというべきいだろう。当時の支部は現在近隣 で支部長をされているOさんや現在四国に住んでおられるIさん(Iさん の息子は私の小学校の同級生であった。)といった怖い先輩方がいらして、 少年部といってもちょっとよそ見をすればすぐ叩かるており、練習自体は 非常に緊張感があった。私も半分泣きながら練習したことがある。 そして中学生・高校生になった私であったが、練習においてもだらけてい ることが多く、よく怒られていた(今考えてみれば当然のことであるが)。 言い訳するならば、気持ちは別の方向を向いていたし、まさかここまで続 けるとも思っていなかったというところである。ところで、2段になってい た私は、受験のため約半年ほど休院させて頂いていたが、受験が終わった もののなかなか復帰できないというか復帰せずにいた(別にサボろうと思 っていた訳ではなく、余りに長く休んでいたので道場に行きずらくなって いたのである)。こんな私に声を掛けてくれたのが、私とほぼ同時期に入 門した小学校からの親友Y君であった。こうしてどうにか復帰することが できた私は、順調に(?)昇段する傍ら支部の幹部として色々お手伝いを させて頂き、人間として成長することができた。入門から現在までを簡単 に書くとこのようになるが、振り返ってみると、続けることの難しさを改 めて感じている。「継続は力なり」とはよくいったものである。さて、今 でこそ道場長という役職を拝命している私であるが、ここまでになれたの は先生をはじめ支部の皆さんのおかげであることはいうまでもない。感謝 している。特に、復帰できず(せず)にいた私に声を掛けてくれたY君に は本当に感謝している。冒頭に、年数だけは先生の半分と書いたが、拳士 としては先生の半分にも遠く及ばない。果たしていつまで続けられるかわ からないが、せめて先生の半分位(これでも高望みか?)になれるように 今後も精進していきたい。 以上 |
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「厳しいだけでもダメ」「優しいだけでもダメ」
TPOや置かれた立場に応じて,自分の考えを明らかにして,
相手の考えを謙虚に聞く. その為には,心身ともに己を鍛えること. 怒るのも人のやること.褒めるのも人のやること. 泣くのも人のやること.笑うのも,食べるのも,寝るのも, コンピューターを操作するのも,みんな人のやること. 人間同志の関わり合いの基本になるのは,「自己確立」. 少林寺拳法では,拳技や教えを通じて,その人の年齢・ 性別・立場・体力等に応じた「自己確立」を実現し, 互いにが相手を尊重し合える社会を作る事を目標と しています. |
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拳士会長・網野芳郎 |
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| “細く長く”親子3人の少林寺拳法の道 鈴木 敬次 |
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今から6年前、テレビアニメ「ドラゴンボールZ」に感化され少林寺拳法を
始めた聡一郎(長男、現在11才)、1年後、大野木先生の人間性と、
師としての素晴らしさに心を打たれ少林寺拳法を始めた父こと私(現在42才)、
そして3年後、お兄ちゃんに続き習い始めた湧二朗(二男、現在8才)。
私が習い始めてもうすぐ5年を経過しようとしています。 この間の修行を通して見たものは拳士一人一人に対する厳しさ、 そしてその厳しさの中にかいまみる本当の優しさとユーモア、 それらは人と人との繋がりの上でとても大切なことであり、 現代の私たちが忘れかけようとしていたことでした。 このような素晴らしい指導のもとで私たち親子3人は 「優しくなるために強くなる」という共通の目標を持ってがんばっています。 が、ちょっと調子が悪いと休み、用事と言えば休みで、先生方からみれば、 誉められる拳士ではありませんでした。 しかし、大会の時の息子たちが見せる真剣な顔つきは普段にはない頼もしさを 感じますし、息子も私の真剣な顔を見るのはこの時意外あまりないと言っています。 また、先日の2000年少林寺拳法富士見市大会においては、 親子演武に長男と共に参加させて頂き大野木先生には心より感謝しています。 親と子がこのように真剣に向かい合い演武が出来るということは生涯に そうあることではありません。長男も練習の時から普段にはない気合が入り、 とても楽しかったそうです。二男も出たがっていました。 チャンスがあれば二男とも大会で演武が出来ればと願っています。 最後に、私たち親子3人は素晴らしい先生、同志に囲まれ共通の目標に向かい毎回楽しく修行出来ることに喜びを感じていますし、これからも大野木先生が言われた"細く長く"をモットーに精進していきたいと思っています。また、少林寺拳法を習われている子供たちの親の皆さんにも、この素晴らしさをぜひ味わってもらいたいと思っています。少林寺拳法を親子で始めてみてはどうですか? |
| 母親の私が少林寺??? 森田佳麻里 |
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子供たちが少林寺拳法を始めてから1年、稽古に対してもっと真剣さが欲しいなと思うように
なっていました。 もともと運動好きで時間があるなら一緒にやりたいと思いながら、恥ずかしさが先に立って なかなか踏み込めませんでしたが、友人が川越の支部に入門したことを機に迷いつつも 大野木先生に入門のお願いをしました。 子供の時間に大人が入るのは珍しかったようで、我が子だけでなくどの子も喜んで教えてくれて 意外と違和感なく入ることができましたし、先日の大会では親子演武をやってみて、久しぶりに 気持ちの良い緊張感を味わいました。また全国大会を見に行く機会も得て、技・スピードは勿論、 その気迫のすごさに感動しました。 最近では、少林寺拳法を通じて親子感情抜きで純粋な気持ちで子供と共通の時間をもてるのは いいものだなと実感しています。 |